体験談(約 26 分で読了)
初桜と共に散る、僕の知らない君【後編】(5/5ページ目)
投稿:2025-06-21 02:38:55
更新:2025-07-02 01:41:04
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本文(5/5ページ目)
体の中で、何かがパキッと折れる音がした。
でも俺は、もう嘘も、沈黙も、誤魔化しもいらなかった。
「全部知ってる。終わらせたいから、来てほしい」
既読のまま、長い沈黙。
それは、何を考えているか想像できない、遠い沈黙だった。
ようやく届いた一文。
「分かった。すぐ行く」
手が震えていた。
吐いた跡を丁寧に拭き、窓を開けて空気を入れ替える。
風が頬をなでるのに、少しも温度を感じなかった。
ドアベルが鳴く。
心臓が跳ねる音を必死に抑えながら、扉を開けた。
そこにいたE子は、目を腫らしていた。
伏し目がちの顔。
かすかに震える手。
そして、首筋。
髪の間からのぞいた、赤黒く小さな痣。
擦ったような、吸われたような、何かを肯定するような痕。
あの画面の中の「あれ」が、現実だった。
否定したかった世界が、静かに目の前で確定する。
それでも俺は、言葉を失ったまま、無言でE子を中へ入れた。
部屋の中は静まり返っていた。
E子はうつむいたまま、時間をかけて言葉を探した。
「K男さんに誘われて…お酒飲んで…そのまま流されて…」
消え入りそうな声。
「ダメって思ってたのに、でも……K男さんを拒否できなくて……私が、弱かっただけで…」
その全てが、もう「結果の後」でしかないことを、E子も分かっていた。
俺は、頷くことも否定することもできず、ただ涙がこぼれていた。
感情も声も、もう制御できなかった。
E子も泣いていた。
泣きながら、全部を話した。
俺も全部を伝えた。
どれだけ好きだったか、どれだけ信じたかったか。
でも、もう壊れてしまった器には、水はもう戻らなかった。
E子は、泣きはらした顔のまま、ゆっくりと口を開いた。
「……ごめんね。ありがとう」
泣いても、E子は綺麗な顔だった。
それが、僕にはひどく残酷だった。
E子は、最後まで、後悔を口にしなかった
俺は玄関まで見送った。
背中が見えなくなるまで、扉を閉めることができなかった。
そして、閉めた瞬間、全ての感情があふれ出した。
自分の中に溜まりきったものが、音を立てて決壊する。
何度も、泣いた。
声にならない嗚咽を繰り返して、ようやく、眠りに落ちた。
そして、彼女との別れ話から、数ヶ月が過ぎた。
その間、僕は一度も学校に足を運べなかった。
大学には入学していた。
けれど、通うはずだったその教室には、結局一度も顔を出していない。
何かを始める気力が、どうしても湧いてこなかった。
毎日、時間だけが過ぎていった。
飯を食べるのも億劫になり、朝も夜も分からないような生活が続いた。
何もしていないのに、心だけがどんどん摩耗していくのが分かった。
それでも、ある日ふとしたきっかけで、連絡をくれた高校時代の友人たちと会うようになった。
誰も僕のことを詮索しなかった。
ただ一緒にゲームをしたり、昼飯を食べたり、しょうもない話をした。
そんな日々の中で、少しずつ、心が柔らかくなっていくのが分かった。
やがて、学校にも少しずつ顔を出せるようになった。
最初は緊張で手が震えたけれど、講義に出て、ノートを取って、ああ、自分はまだやり直せるかもしれないと思えた。
そんなふうに、ようやく前を向きかけていた頃、高校時代の女友達から、E子の話を聞いた。
「E子さ、最近付き合ってるらしいよ。なんかあんまり評判よくない男と」
何気ない口調だったけれど、僕の中で何かが重たく沈んだ。
名前は聞かなかったけれど、すぐに分かった。
おそらく、K男のことだろう。
憎しみも、怒りも、湧いてこなかった。
ただ、どうしようもなく、深く、悲しかった。
それと同じ頃からだ。
自分の身体に異変が起きているのを感じた。
どれだけ気持ちが高ぶっても、僕は勃起すらできなくなっていた。
原因は分かっていた。
心が拒んでいた。
受け入れられない何かが、まだ胸の奥で生々しく残っていた。
ED気味の状態は、想像していた以上に、日常に影を落とした。
自信がなくなり、どこか人と話すことさえ億劫になった。
でも、半年くらいが経つ頃、ある事があってからは少しずつ、それも戻ってきた。
時間と人が、少しずつ、僕を癒してくれたのだと思う。
今では、あの頃のことを思い出しても、すぐに涙が出るようなことはなくなった。
それなりに普通に生活できている。
笑う日もあるし、怒る日もある。
ごく当たり前の、平凡な日々が、ようやく戻ってきた。
「初桜」は誰より早く咲いて、誰より早く散る。
触れずに散る儚さ、葉桜となっても変わらない美しさ。
僕だけが知っている「散り方」
僕だけが知らない「咲き方」
これは純愛でもなく、激情でもなく、美談でもなく、盗られた者の独白にすぎない。
【以下、あとがきです】
長々と読んでいただき、ありがとうございました。
前半でも少し触れましたが、E子が結婚したことを機に、自分自身も整理をしようと思い、同時期の記憶と、手元に残っていた資料をもとに、この話を最後まで書き切ることにしました。
意外にも多くの方に読んでいただき、続編を望んでくださったので、遅筆ながら筆を進めることができました。
お目汚しになってしまったら申し訳ありません。
あ、そうそう。E子の結婚相手は、3年付き合った男性だと聞いています。
E子とは、あれ以来連絡を取っていませんので。
おそらく、K男ではないでしょう。
もしそうだったら……なんて、そんな想像しないほうがいいですよね。
手元の資料も、きちんとパソコンのゴミ箱に入れておきました。
もう、すっぱり、割り切れていますので。
前作で物語としては完結のつもりでしたが、多くの方から続編を望むお声をいただきました。そこで今回は、E子視点の物語を「小説形式」で綴ってみることにしました。実際の出来事や手元の資料、E子との話し合った際の記憶をもとにしつつ、そこに私自身の想像や願いを織り交ぜています。すべてがそのままの現実…
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