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私が生まれた村の昔のお話と思春期前半までのお話

投稿:2026-04-29 13:00:02

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名無し◆ECaZWZE(10代)

61歳、還暦を過ぎた者です。こんな歳ですが、いつも楽しく拝見しています。

東北の田舎の山村の体験談を拝見して、48年前に兄から聞いたことを思い出しました。

当時、私は中学に入ったばかり、都会から当時の列車で3時間半くらいにある農業で生計を立てている村に住んでいました。7歳年上で20歳の兄は、高校を出てから父の農業を継いでいました。そんな兄から、私が中学に入った時に祖父から聞いたといって、江戸時代から第二次世界大戦前までの暮らしの話をしてくれました。

父の家系は、代々大地主でした。大きな屋敷に住み、小作人たちに農作業を任せ、住み込みの夫婦と若い娘に身の回りの世話をさせ、主とその家族は、悠々自適の生活をしていました。

娯楽も少ない小さな村の楽しみは、正月、夏まつり、作物の収穫を終えた後の宴会でした。家長である主が、大きな屋敷に村の人を集めて、酒や料理を振る舞って、無礼講の大宴会をしていました。

宴会がたけなわになると、子供たちは、老人たちに別棟に連れて行かれ、そこで寝かせられました。大人たちの男女は、酔った勢いで始めのうちは身体を触り合っていますが、着ているものを脱いで裸になり、周りの目を気にせずに抱き合い、性行為が始まりました。

その相手は、妻や夫ではなく、その時の好みの相手とでした。乱交状態の中でも、小作人の若い男は、屋敷で働いている若い娘を追い回して、性行為に及び、その後、その娘を妻にすることも度々あったそうです。乱交では、誰も避妊をすることなく、妊娠してしまうことも少なくなく、産まれた子供は、その家で大切に育てられました。

ただ、女たちは、誰を相手したかをしっかりと覚えていて、その子供が成人して、結婚する際の相手を決めていました。近親婚を避けるためにです。

家長になる男の子は、15歳になると身の回りの世話をしてくれている女の子や住み込みの夫婦の奥さんから、性の手ほどきを受けていました。

小作人の子供は、まず手始めに15歳くらいになると、近所の家に夜、忍び込み、そこの奥さんの布団の中へ、いわゆる夜這いです。そこで奥さんに手ほどきを受けて一人前になりました。その家の旦那も承知していて、その日は、隣の部屋で静かに寝て、その様子を伺っていました。

それから、好みの娘へ夜這いをします。これは両親も納得の上でのことでした。ただ、夜這いをしてもその娘に断られることもあり、その際は、潔く引き下がるしかありませんでした。こうして、若い男女は、結婚相手を見つけて、子孫を増やしていきました。

村の人たちは、食料だけでなく、性も平等に分け合っていたのです。

ただ、家長の妻や娘はその限りではなく。妻は家長以外の男との性行為は禁じられていました。娘も嫁ぎ先を決められていて、嫁ぐまでは、処女で、嫁ぐときに母親から性の知識を学びました。家長になった男の子は、20歳を過ぎると隣村などから、裕福な農家の娘をもらっていました。村同士の付き合いも良かったのです。

政府、警察からは、このような宴での乱交や夜這いなどは固く禁じられていましたが、このような田舎の村までは目が行き届かなく、戦後くらいまで続いていたそうです。

ただ、戦後の農地改革により、曾祖父と祖父が持っていた大部分の農地を失ってしまいました。それからは、家族で農作業をするようになりました。

次の兄の話は、兄が生まれる前の戦争末期から戦後直後のことでした。

戦争の末期、都会は、アメリカ軍の空襲によって壊滅的な打撃を受けていました。食べるものも手に入らず、苦しい生活が続いていたと聞いています。それで、裕福な祖父のところに米、野菜、肉などを買うために都会から、夫が戦争に行き、子供たちを女手一つで育てている奥さんたちが、着物、貴金属、あまり価値のないものが多かったようですが、それらを持ってやって来たそうです。

曾祖父と祖父は、それの品定めをして見合う米などと交換をしたそうですが、来た奥さんたちは、それでは足りないと言って、何とか多くを持って帰りたく、泣きながら必死にお願いしてきたとのことです。

終戦の時、曾祖父は60歳、祖父は36歳、父は10歳になったばかりでした。

そして、奥さんたちは、《女の武器》を使って、少しでも多くの食料を得ようとしました。曾祖父は、そんな奥さんを納屋に連れて行き性行為をしました。当時は、避妊具の普及があまりなく、曾祖父は当然のようにその奥さんたちの中に精子を出していました。奥さんたちも、食料をもらえることから、それを許していたそうです。

祖父も曾祖父から言われて、そんな奥さんたちと避妊をしないセックスをしていました。

性行為が終わると、納屋の中から食料を出してきて奥さんたちに分け与えていました。

このことは、曾祖母、祖母も承知のことで何も言わなかったそうです。家長には逆らえなかったのです。

食料を獲得できた奥さんたちは、それから、味を占めて何度も曾祖父と祖父のところに来て、わずかな着物、貴金属と自分の身体を差し出して、引き換えに食料を得ていました。

戦後のなっても続いていましたが、少しずつ事態は改善されていき曾祖父のところへ来る奥さんたちが減っていきました。ただ、中には、戦争で夫を亡くし、生活に困る奥さんたちもいました。

そんな一人の奥さんが、7歳の娘を連れて曾祖父にお願いをしてきました。《戦争で夫を亡くし、その両親から離縁をされ、私の両親と弟も戦争で亡くなって、妹とは生き別れで私に行くところがありません。どうか、ここで働かせてください》

その奥さんは、当時28歳で、かなり良いところの家柄のようで、二度ほど着物や高級な貴金属と引き換えに食料を得ていて、身体を差し出したことはありませんでした。

前の年に祖母が、胸の病で亡くなっていて、曾祖父は、祖父の後妻として迎えようとしました。28歳の奥さんは、美人で器量も良く、賢い人でした。そんな女性でしたので、祖父も二つ返事で妻にすることにしました。祖母になった奥さんは、父を自分の子供のように可愛がり、父もそれに甘えていたようでした。その2年後、叔父が産まれました。

父は、中学を出ると農業を継いで必死に働きました。そして、その奥さんの連れ子の娘が高校を卒業すると、父と結婚をしました。父は、その連れ子の娘に子供のころから好意を持っていて、その娘も気づいていて、曾祖父、祖父もこの結婚には大喜びでした。

母になった連れ子の娘も母親譲りの美人で優しく、兄を産み、その7年後に私を産みました。私が小学生のころは、いつも美人の母親を自慢していました。

それから兄が高校を卒業して20歳になって、同じ高校の同級生と結婚をする前に、この話を聞かせてくれました。

ここからは、私の話になります。

私が中学3年生になった時の夏祭りの時のことです。公民館に村の人たちが集まり、酒を飲み料理を食べていて、未成年の私は、隅の方で出された料理を食べていました。そのころには、乱交や夜這いの習慣がなくなり、みんなが集まり、飲み食いをするだけになっていました。すると、35歳の農家の男の人が私に近づいてきて。

「おい。坊主。来年、隣町の高校へ行くそうだな」この村には高校がなく兄もその高校へ進学していました。私が《はい》と答えると。

「お前。女を抱いたことがあるか?」こんなことを聞かれて《ないよ》面倒な酔っ払いだなと思いながら答えました。

「飯を食い終わったら、俺の家に行け。女房がいて相手をしてくれるから。大人の言うことを聞け」一方的に命令をされ断ろうとすると。

「お前のオヤジにも話をしてある。安心しろ」そう言って、頭を叩かれました。

期待を膨らませて、公民館を出て、その男の人の家に行きました。当時は、玄関にカギをかける習慣がなく、戸を開けて家に入ると、浴衣を着た29歳の奥さんが待っていました。ジュースを出してくれて、それを飲み終わると。

「息子は、もう寝ています。さぁ、こっちに来て」奥さんに手を引かれ部屋に入ると、明かりが点いていて布団が敷かれていました。

「着ている服を脱いで」奥さんがそう言うと、浴衣を脱ぎました。下着は身に着けていなくて、裸の身体が露わになりました。他人の女性の裸を見るのは初めてで、心臓がバクバクして張り裂けそうでした。急いで服を脱いで裸になると奥さんが手拭いで私のモノを綺麗に拭いてくれ。

「これで大丈夫ね。キスはしたことがあるの?」奥さんに聞かれて、首を横に振ると、私を抱きしめてキスをしてくれました。奥さんの唇は柔らかく、舌を口の中に入れられて、私の舌に絡ませました。それから、大きな胸を私に押しつけて。

「オッパイを揉んで、その先を舐めてみて」私は、大きく頷いて無我夢中で胸を揉み、乳首を吸いました。

「痛いわ。もう少し優しくして」奥さんに言われて、できるだけ胸を優しく揉んで乳首を吸いました。

「アァ~・・イイわ。気持ち良くなってきた」奥さんが私の頭を撫ででくれました。

「女の大事なところを見せてあげる。ここを見て」奥さんが布団に座り、腰を前に突き出して脚を拡げました。黒々と生えた毛と女性器が目の前に現れて、私は、見入ってしまいました。

「触ってもイイよ。でも、優しくね。そこは女が一番、敏感なところだから」私は、閉じている女性器を指で撫でていると。

「アァ~ン。そこを指で開いてみて」指で拡げると、何か複雑な形をしていて、その中で、ヒクヒクとしている穴が見えました。その穴を触ると。

「そこにチンポを入れるのよ。赤ちゃんもそこから産まれてくるの」私が触っていると、穴の中からヌルヌルした液体が出てきてきました。

「ネェ。指をその中に入れて」指を入れると中は温かく、液体でヌルヌルしていて、指が入っていきました。私が指をその中で動かすと。

「アッ。イイ・・指を2本にして、もっと激しくして」奥さんに言われた通り、2本の指を入れて、先ほどよりも中で激しく動かしました。

「イイ~・・イイ~・・女は、そうされるのが好きなの・・アァ~」奥さんは感じて声を上げました。そうしていると、ヌルヌルした液体が溢れるように出てきて、私の指がベットリとなりました。

「そこに寝てちょうだい」奥さんに言われて布団に寝ると、奥さんが私の下半身の方に身体を移動して、私のモノを握りました。

「アラ、アラ。立派なモノを持っているわね。将来、女を泣かせるわね。このチンポ」そう言うと、私のモノを舐めてから口の中に入れました。私のモノを舐める奥さんの舌とモノを握った手を動かされて、私の下半身が痺れてきました。

「あっ。出る!」私は、起き上がり大きな声を上げると奥さんは、そのまま私のモノを口の中に入れ、手を激しく動かしました。下半身が痺れて、奥さんの口の中に精子を出してしまいました。

「ウプッ・・すごくたくさん出たね。ウフフ。ゴクン」奥さんは、何のためらいもなく私の精子を飲み込みました。それから私の横に来て私を抱くと。

「気持ち良かった?これでは、まだ一人前になっていないから。チンポをマンコに入れないとね」そう言って、射精をしたばかりの私のモノを握り、手を動かしました。

「やっぱり、若いわね。もうチンポが大きくなったわ」奥さんが、そう言うと身体を起こして、私の上に脚を拡げてまたがってきました。

「さぁ。男にしてあげるわね」奥さんが私のモノに唾をつけると、握り自分の中へ入れていきました。

「イヤ~ン。チンポ、大きいわ」そう言って、お尻を上下させると、私のモノが奥さんの中へ入っていきました。モノがすべて奥さんの中に入ると。

「旦那よりもすごい。奥までチンポがきている・・イイ・・イイ~!」お尻を上下させ、前後にも動かされて、また、私の下半身が痺れてきました。

「また、出ちゃうよ」私は、情けない声で奥さんに言いました。それなのに奥さんのお尻の動きが止まりません。

「もう少し・・ガマンして・・もう少し」そう言うと、それまでになく奥さんのお尻の動きが激しくなり。

「アァァ~!イイ~!・・イイ~!」奥さんが大きな声を上げるのと同時に精子を奥さんの中に出しました。奥さんが私に覆いかぶさり少しの間、動かないでいました。

「チンポ、大きくて気持ち良かったよ。これで男になったから。ネッ」私にキスをして言ってくれました。それでも私のモノは萎えることがなく、気づいた奥さんが。

「まだ、大きいままよ。チンポ。もう一回、する?今度は、上になってね」奥さんが私を上に乗せると抱きしめてくれて。

「チンポをマンコの中で、深く入れたり、浅く入れたりするように腰を動かして」奥さんの言われた通り腰を動かすと、大量の精子が入っている奥さんの中から、ヌプッ、ヌプッと音が出てきました。

「そうよ。そう・・もっと奥までチンポを入れて」私は、奥さんの腰をつかんで、できるだけモノを奥さんの奥深くまで入れました。

「イヤ、イヤ。チンポが・・奥まできた・・アァァ~!」奥さんが私をきつく抱きしめキスをしました。10分くらい腰を動かしていると。

「イイ~!このチンポ・・もっと、もっと激しくして」奥さんが、私の腰の動きに合わせて腰を動かして、私の下半身が、また、痺れてきました。

「出ちゃう。出ちゃう!」私は、大きな声を上げて精子を奥さんの中に出しました。

「大丈夫なの?赤ちゃんができちゃうよ」私が心配をして奥さんに聞くと。

「中学生のアンタが心配をすることじゃないよ。安心して」そう言われて、ホッとしました。旦那さんが帰って来るころと聞いて、その家を出ました。家に帰る時、私は、なぜか胸を張って歩いていました。なぜか、母がニコニコと嬉しそうなのが気になりました。

3か月経った11月。祖父、父と村の男の人たちが、その年の農作業も終わり慰安旅行に出かけました。夕方、母から呼ばれて。

「これを、あの奥さんの家に届けてもらえる。それと、夕食をご馳走してくれるって聞いているよ。遅くなった時は、泊まっておいで」風呂敷を渡されて、奥さんの家に向かいました。家に着くと、奥さんと3歳の息子が出迎えてくれました。

「いらっしゃい。待っていたのよ。早く中に入って」家の中に入ると、食卓の上にステーキが置かれていました。

「イッパイ、食べてね。牛肉は元気が出るから」奥さんに言われて、ステーキを食べました。向かいで、3歳の息子が、奥さんが小さく切ったステーキを食べていました。

「お風呂に入って。それと、旦那がいないから今日は泊まっていきな」そう言われて、風呂に入り、《もしかすると、奥さんと、またセックスができる》こんな期待をしながら身体を洗い浴衣を着て風呂を出ました。奥さんと息子も風呂に入り、息子が寝ると。

「さぁ。早くこっちに来て」浴衣を着ている奥さんに言われて、以前、奥さんとセックスをした部屋に入りました。布団が敷かれていて。

「明日の朝までゆっくりできるからね。ウフフ」奥さんが、そう言って、私を抱いて布団に横になりました。奥さんの浴衣の帯を解くと、下着を身に着けていなくて、大きな胸が露わになりました。私は、前に経験したことから、優しく胸を揉み、舌で乳首を舐めてから口の中に入れて吸いました。

「イヤ~ン。この前よりも上手よ」こんなことを言われて余裕ができた私は、もう片方の胸を揉みながら、女性器を触りました。もう濡れていて。

「恥ずかしい。私、アンタが来るのが嬉しくて、もう濡れてしまったの」そう言って、私のモノを握り、手を動かしてくれて、身体を起こして、お尻を私の顔の方に向けて、私の上に乗りました。

「この方が、マンコが良く見えるでしょう。それにアンタの大きなチンポを舐めることもできるから」私は、目の前の女性器を舌で舐めていると。

「少し下の方に《小さなお豆ちゃん》あるでしょう。そこは女が一番感じるところよ」奥さんに言われて、指でつついてみると。

「キャッ。痛いわよ。優しくしないとダメよ」奥さんに怒られてしまい、舌で優しく舐めていると、女性器の中からヌルヌルしている液が溢れるように出てきて。

「そう、その調子よ・・気持ち良くなってきたわ。アァ~」奥さんが、私のモノを口から出して感じました。女性器の中に指を入れると、ヌルヌルした液で溢れていて、指を動かしていると、ビチャビチャを音が出てきて。

「もうガマンできないわ。この大きなチンポをマンコに入れて」そう言うと、奥さんは布団に寝て、大きく脚を拡げました。私は、モノを握り奥さんの女性器の入口にあてて、腰に力を入れると、ズブズブと中に飲み込まれていきました。

「イイ。イイよ・・もっと激しくして」私はできるだけ腰を動かしていると。

「アァァ~!・・ハァ~。ハァ~。ネェ。後ろから入れて」奥さんが私のモノを自分の中から抜いて、両手と両膝を布団についてお尻を私の方に向けました。私は、こんな格好は初めてで戸惑っていると。

「ホラッ。マンコの穴が見えるでしょう。そこにチンポを入れるのよ」片手で女性器を開くと、女性器の穴がポッカリと開いているのが見えて、モノをその中に入れました。私は、無我夢中で腰を奥さんのお尻に打ち突けると、パチンパチンと音がして。

「大きなチンポが・・奥まできている・・イイ~・・アァァ~!」奥さんが布団を握りしめ、頭を布団に押しつけて大きな声を上げると、私のモノが奥さんの中でギュ~と締め付けられて、精子を奥さんの中に出しました。奥さんはうつ伏せになったまま動かなくなり、私もその横に寝て息を整えました。

「アンタに泣かされた初めての女になったわ。私。ウフフ」ニッコリ笑って、奥さんが私にキスをしてくれました。

「今日は、イッパイ時間があるからね。金玉の中が空になるまで精子を出しなさいよ」奥さんが私のモノを握って言い、また、モノを舐め始めました。

この夜は、朝までに奥さんの中に精子を5度も出すことになり、朝、奥さんはフラフラと起きて朝食を作ってくれ食べ終わると、奥さんの家を出て帰りましたが、私も腰がフラついていました。

それから中学を卒業するまで、奥さんとの性行為はなく、その夜が最後になりました。

私は、高校に入ると下宿をして高校に通い、背が高いこともありバスケットボール部に入部しました。最初のゴールデンウイーク、3日ほど両親と兄夫婦に会うために村に帰ることにしました。

「おい。坊主。高校生になったのか」農作業をしている、あの奥さんの旦那に声をかけられました。私が《はい》大きな声で返事をして村を散歩していると、大きなお腹の奥さんが、家の前で洗濯ものを干していました。

「アラッ。帰ってきていたのね」大きくなってきたお腹をさすりながら私に近寄ってきました。

「あと3か月で産まれるのよ。赤ちゃん。お腹を撫でてもらえるかな?」奥さんに言われて、お腹を撫でると、お腹の中の赤ちゃんが動くのがわかりました。

「あっ。動いたよ」私が驚いていると。

「そうね。アンタに撫でられて嬉しいのかな。ウフフ」奥さんが嬉しそうに言いました。

別れの挨拶をして家に帰ると父が待っていて。

「ちょっと、こっちに来い」父の書斎に連れて行かれました。

「あの家の奥さん。来月、出産だ。旦那も喜んでいる」こんな話から始まりました。

《あの旦那。前からわかっていたが、どうも子種がないようだ。一人目の息子も旦那の子種ではなく、違う男の子種から産まれた。どうしてもあの夫婦、子供が欲しくてな。でも、二人は息子を可愛がって育てている》私は、父の話を聞いて、驚いたのと、《もしやお腹の赤ちゃんは》こんな不安に駆られました。

《一人目が3歳になり、もう一人、子供が欲しくなった》そこまで言うと、間を置きました。

《それで、お前に白羽の矢が立った。お前は賢くて、背も高い。俺に旦那が相談に来て、何とか頼むと言われた。俺がわかったと言うと、何度もお礼を言われて。それで、あの夏祭りの時にお前を奥さんのところへ行かせた。お前にとっても、手ほどきを受けられて、これからのために必要なことでもあってな》父は、そう言って、一人で納得をしていました。

《夏祭りのときに孕むことができなくて、丁度、男たちが旅行に行くことになって、二度目になった。この時、上手く孕むことができて、来月、子供が産まれる。お前には、何の責任もないことだ。あの夫婦と俺とお母さんだけが知っていることだから。その子供が大きくなっても他人のフリをしろよ》父は、そのあとも、産まれてくる子供は、私に何の責任もないことを強調していました。

父が言った通り、このことは兄も知らず、祖父母も知りませんでした。

そして、私は複雑な気持ちで隣町の下宿に帰りました。

この話の続き

私は、高校に入ると、背が高かったこともありバスケットボール部に入部し、高校の近くで下宿をすることにしました。この下宿は、奥さんが一人で切り盛りしていて、旦那は、普通に働きに出ていて、娘が二人いて、この姉妹も働きに出ていました。夏休みも終わりに近づいた土曜日です。他の二人の下宿している高校3年生た…

-終わり-
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