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思春期のアンバランスさと、スカートで脚を開いて座る女の子

投稿:2023-10-24 01:03:36

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名無し◆mGcZFQA
最初の話

今では考えられない事かも知れませんが、30年ほど前の小学校では、体育の時の着替えを男女一緒に同じ教室でしていました。そんな時代の、小学校4年生の時の思い出です。4年生にもなると、成長の早い何人かの女子は段々と身体に変化が現れてきます。特に分かりやすく、かつ目立つ形で変化していくのが、胸の膨ら…

前回の話

身体が射精の快感を覚えた頃、小学校や中学校での生活の中で見てしまった、そして脳裏に焼きついたクラスメイトのエッチな姿に、我慢出来ずその夜ベットの中で右手が下半身に伸びてしまう。そんな経験が、大抵の男の人にはあるかと思います。スクール水着や体操着(ブルマ)などやむを得ず身体のラインが露わになる…

同い年の女の子が、スカートで床や地面に足裏をピッタリ着けて、膝を立てて脚を開いて座りながら友達と楽しく話しています。

という文章を見ると、皆さんの頭の中には何歳くらいの女の子が浮かぶでしょうか。

今回は、そんな女の子のことを考えてみたいと思います。

私の通っていた小学校では、女子は1年生から6年生までみんな制服のスカートの中にブルマを穿いていました。

これは、今でいう黒パンやスパッツの代わり、パンツが見えないようにするという意味合いもありますが、今と少し異なるのが、そもそも体育の時間には女子はみんなブルマを穿いていたという点です。

つまり、黒パンやスパッツはスカートの中に身につける、パンツが見えないようにする専用のものですが、ブルマは週3回くらいそれが丸見えになる状態で体育をするもの、という違いです。

それが故、なのかどうかは分かりませんが、私の小学校生活の中で「女の子のスカートの中が見える」ということは、実はそんなに珍しいことではありませんでした。そもそも学校側も、それはそういうものだから、という判断の元に学校生活を設定していた感があります。

一番分かりやすいのが、床の雑巾掛けです。掃除の時間になると、生徒は毎日教室の床を雑巾掛けするのですが、これは男女問わずしますし、女子は制服のスカートのまま掃除しています。必然的に、スカートのお尻はめくれて中のブルマが見えた状態で掃除をすることになります。

それが嫌なら、例えば体操着に着替えて掃除するという方法はありますが、その体操着はスカートの中に穿いているブルマなので、結果的にそれはスカートを穿いているか脱いでいるかの違いでしかありません。

そんなこともあってか、女子は基本的にスカートがめくれることをそんなに気にせず雑巾掛けをしていました。

それが男子にどういう影響を与えていたかというと、私個人としては、女子と同じくらい気にしていなかった、という感覚があります。もちろん、絵的にはそれがグッと来て目に焼き付いている、というクラスメイトの男子がいてもおかしくはないのですが、個人的には女子が雑巾掛けをしているシーンですごく印象に残るものがある訳ではないです。

一方で、ある時女子(この続き物に登場する裕香というクラスメイトです)が廊下に出た瞬間、窓からの突風でスカートが一気にめくれて中のブルマが丸見えになり、それを必死で手で抑えている瞬間などは何故か今でも妙に覚えています。

同じブルマなのに、という感じではありますが、前回の話のように、おそらく私にとっては「それを女の子側が意識しているかどうか」が、それを性的な意味で捉えるかに大きく関わっているのだろうと思います。

さて、今回のテーマである「スカートで脚を開いて座る女の子」ですが、少なくとも低学年の頃にはそういう子はいたように思います。ただ、その時期のクラスメイトがその座り方をしていたことに、スカートの中がブルマだったことがどの程度関わっていたのかは、正直よく分からない部分があります。

というのも、前述のように小学校では女子はみんなスカートの中にブルマを穿いていたので、そもそもスカートの中にパンツを穿いている状態との比較のしようがなかったのです。

ここの体験談を読む限り、小学校のエピソードでスカートで脚を開いてパンツが見えていた女の子もいるようなので、低学年の頃であればスカートの中がブルマだろうとパンツだろうと脚を開いて座るクラスメイトもいたのかもしれません。

これが4年生くらいになってくると、スカートで脚を開いて座る女の子はグッと減ってきます。この辺りが「思春期のアンバランスさ」の面白いところですが、学校生活ではずっとスカートの中にブルマを穿いている女の子達の意識が、この時期から段々と二分していく感じが分かります。

「ブルマとはいえスカートを身につけているのだから、不必要にスカートの中が見えないように気をつける」派(ブルマ=スカートの中派)

「スカートの中とは言えブルマなんだから、見えたってどうってことない」派(ブルマ=ブルマ派)

の二つにクラスメイトの意識が分かれていくのが、大体4年生くらいの頃からでした。

この頃は、思春期のアンバランスが本当に入り乱れている時期で、スカートの中のことだけでも、それが見えたことをからかう男子、それに怒る女子、すぐさま隠す女子、ブルマで何喜んでるのよ、男子はホント子供ね、と大人ぶる女子、そんな様子をはたから見てだんだんとスカートの中が見えないように気をつける女子、などなど、思春期のアンバランスの最初の過渡期のような時期でした。

そういえば、裕香が既にブラウスの上からでも目立つ胸の膨らみを大胆に晒して着替えていたのも、4年生の時でした。

そこから高学年に入ると、スカートで脚を開いて座るような女の子はほとんどいなくなります。女の子の意識はどんどんと①に近づいていき、それはもはや意識という感覚ですらなく、自然とスカートの中が不必要に見えないように行動するようになります。

面白いのは、1年生からスカートの中がブルマのクラスメイトは、それが「不必要に見えないようにする」という意識だということです。つまり、やむを得ず見えてしまう状況においては、クラスメイトの女子のスカートの中は相変わらず見え続けていました。

前述の雑巾掛けもそうですし、女の子によってはそこに「ジャングルジムに登る」とか「ブランコを漕ぐ」というような行為も含まれていたようです。

そういう油断の余地のようなものがあるところも、スカートの中のブルマの不思議なところでした。

今でも妙に記憶に残っているのが、6年生のクラスメイトだった彩乃という女の子とのワンシーンです。それなりに話をするくらい仲は良い子で、細かいシチュエーションはもう覚えていないのですが、記憶にあるのは、教室のドアのそばの床に彩乃が座り込んでいて、私が何かの必要があってその彩乃に話しかけた、というシーンです。

その時の彩乃は、何か考え事でもしていて脚元に気が行っていなかったのか、いわゆる三角座りで脚をまあまあ開いているような座り方で、かつスカートが膝より身体側にややめくれ上がっていて、だらしなく大胆にスカートの中のブルマが見えていました。

すごくドキッとした、という訳ではないのですが、彩乃にしては珍しく「不必要にスカートの中が見えている」姿が気になりつつも、私は本来の用件を伝えます。

「わかったー」

と答えた彩乃は、同時に自分が今だらしない格好でいることを自覚したようで、あ、という感じで私の顔を見つめます。私も何を言っていいのか分からないまま、彩乃の顔を見ています。

時間にしてほんの3秒くらい。

「あはは(笑)」

と、そのだらしない格好のまま、照れたように彩乃が笑いました。

この「あはは」が、今思えば思春期のアンバランスさをとても良く表している感じがします。

「あー・・・結構スカートの中見えちゃってるなこれ・・・うーん、まあブルマだからいいんだけど、いや良くはないけど・・・今から隠すのも意識してるみたいだし・・・まあ彼はそういうのからかうようなタイプじゃないけど・・・あはは、困ったな」

という感じが詰まった「あはは」

自分の格好のことは意識していて、それを「ブルマだから」と今回は割り切ろうと思いつつ、「でもスカートの中見えてるし・・・」という女の子としての意識はあるという、まさに丁度その中間のような彩乃の反応は、まさにこの環境ならではのものという感じがします。

教室の中で、制服のスカートでそんな風にだらしなくなれてしまう時があるということ。

かといって、男子と対峙した時にはそれをちゃんと気にする感覚。

そして、ちゃんと気にしたにも関わらず「見えちゃってますよね・・・さーせん!(笑)もう今回はブルマだからってことで・・・いいっす」それを隠さずにスカートの中を見せたまま「あはは(笑)」と笑って座っている感じ。

その彩乃の反応全てが、「1年生からずっとスカートの中にブルマを穿いている環境で、女の子としての意識を持つようになった6年生」をまさに体現しているように思います。

さてそんな中、6年生になっても「ブルマが見えて何の問題があるの?私はこの座り方が一番楽なんだもん」とばかりに無防備にスカートで脚を開いて座っていたのが、この話に何度か登場した絵梨という女の子でした。

絵梨は、クラスメイトで②の感覚を持った最後の女子でした。

今思えば、私にとっての最大の幸運は「ブルマだからスカートの中が見えても平気、という感覚のクラスメイトが、脚を開いて座るのが一番楽だと感じる女の子」だったことなのかもしれません。

絵梨のその無防備で大胆な姿は、まだ性に対しての知識があまりなく、女の子が脚を開いていることの本当の意味を理解していない当時の私を射精させるのにも十分なくらいに刺激的でした。

以前少し書きましたが、私が女性の性的快感について知ったのは中学に入ってからでした。なので、全く遠慮のない言葉を使うなら、絵梨がスカートで脚を開いている姿を思い出して射精する時に、私は絵梨のオマンコのことを考えたことはありませんでした。

開かれた太ももの間のブルマに触れて絵梨が気持ちよくなる姿や、自分の勃起した下半身を絵梨のその部分に挿入する想像などは、当時の私の知識の完全に埒外にありました。

絵梨のその姿が私を性的に刺激したのは、まさに今回のテーマである「スカートで脚を開いていたから」だったようです。

先ほど絵梨が「脚を開いて座るのが一番楽だと感じる女の子」と書きましたが、それがよく分かる写真が卒業アルバムに載っています。それは運動会の時の写真なのですが、その写真の絵梨は、体操着にブルマ姿で、スカートで脚を開いて座る時と同じように地面に足裏をピッタリ着けて、膝を立てて脚を開いてカメラ目線の笑顔で写っています。

この写真から分かることが2つあります。1つは絵梨が、ブルマで脚を開いて座る行為については笑顔でそのカメラに目線を向けられるくらい意識していない行為であること。そしてもう1つは、この写真を見るまで、自分の中に絵梨がブルマ姿で脚を開いている姿が全く記憶に残っていなかった、ということです。

写真に撮られる時ですら脚を開いている絵梨ですから、当然普段の体育の時間などで絵梨がブルマで脚を開いていたことは何度もあるはずです。しかし、その姿が私の記憶に全く残っていないということは、私はその姿を見てもなんらエッチなものだとは認識していなかった、ということです。

この写真自体は、後に絵梨のスカートの中で狂ったようにオナニーをする時期に貴重な燃料となってくれたのですが、その当時は記憶にすら残らなかったシーンでした。

同じポーズで、見えているのもブルマで、となると、唯一違うのは「絵梨がスカートを履いているかどうか」という部分だけです。つまり、私が絵梨から性的に刺激されたのは、やはり「絵梨がスカートで脚を開いていたから」だということになります。

絵梨がスカートで脚を開く姿を思い出して右手が下半身に伸びる時、私が何を考えていたかというと、「女の子が、自ら選んでスカートの中が見えるような座り方をしている」という、絵梨の持つ意識がポイントになっていたような気がします。

もちろん、頭の中で脚を開いている絵梨の姿そのものも、とてもエッチです。

特に、その傷ひとつない太ももの内側は、女の子の肌がいかに男にとって意味があるものなのかをこれでもかというくらい教えてくれました。実際、果てる時に直接的な性的刺激を受けたのはその太ももだったことも多々あります。そしてそうであればあるほど、結果的にそれは「そんな刺激的なところを自分で見せるように座っている絵梨」という意識に還元されていきます。

「クラスメイトの男子を射精させるくらい刺激的な太ももの脚線美」と、「クラスメイトを射精させるくらいの刺激的な部分を自らスカートで脚を開いて見せている女の子」という絵梨に対する意識に交互に襲われて、緩く、でも耐えがたい快感と共に下半身は完全に硬くなっていきます。

そして、それを強烈な快感に導く最後のトリガーが、絵梨のスカートの中で開かれた脚の間に見えているブルマでした。

私にとって絵梨のスカートの中のブルマは、「女の子が、自らスカートの中を見せるように脚を開いて座っている」という行為の象徴そのものでした。

1年からずっとスカートの中がブルマの女の子しか見てきていない私にとって、スカートの中のブルマが見えるということは「女の子のスカートの中が見える」ことそのものでした。

パンツじゃないから見えてもしょうがない、というような話は、今となればその意味は理解は出来ますが、女の子のスカートの中がパンツであるという選択肢が今まで無かった当時の私にとっては、「スカートの中が見える=ブルマが見える」ということが全てでした。

その環境下でスカートの中が見える、ということの価値については前述の通りですが、例えば廊下で裕香のスカートがめくれた時のように、イレギュラーに、女の子にとって不必要なタイミングでスカートの中が見えた時にはそれを「スカートの中が見えた」シーンとして認識していました。

絵梨がスカートで脚を開いたことで丸見えになっているブルマは、それよりももっと遥かに「不必要に見えている」ものでした。

絵梨が脚を閉じて座る、ただそれだけで見えなくなるブルマ。

他のクラスメイトは当たり前のようにそうしていて、そこに何のデメリットもない、その行為。

その中で一人、大胆にスカートで脚を開いている絵梨の、スカートで脚を開かないと見えない部分のブルマは、私にとって「クラスメイトの絵梨が、大胆に、はしたなく無防備に見せてくれているスカートの中」そのものでした。

その黒い布1枚隔てた中に絵梨のパンツがあるから、ではなく。

さらにその中に絵梨のオマンコがあるから、でもなく。

ただただ絵梨に「自分でスカートの中を見せているエッチな女の子」になってもらうために。

そして、「絵梨のスカートの中が丸見えになっている」ことの象徴として。

頭の中でスカートで脚を開いて座る絵梨の姿に、その太ももに、そして丸見えになっているブルマに、私の意識は完全に虜になり、やがて下半身は限界を迎え、強烈な快感と共に勢いよく精子が飛び出していきます。

思春期のアンバランスさが、女の子がスカートの中にブルマを穿いている女場合にどのように顕れるのか。それが、同じクラスの一人の男子にどんな影響を与えたのか。

そんな、私の過ごした小学校で起きた、クラスメイトの一人の女の子のエピソードでした。

あなたのクラスメイトにも、スカートで脚を開いている女の子はいましたか?

それはいつ頃の話で、どんな格好で、その時あなたはどんなことを感じましたか?

今回は、そんなお話でした。

この話の続き

性に目覚めたばかりの頃、学校のどこかで見た、同級生の女の子の無防備な姿。それを思い出して、我慢出来なくなってしまった夜。そういう経験が、多くの男性にはあると思います。同級生で抜く、という行為は、例えばAVを観て抜く、という事とはかなり趣が異なるところがあります。色々と違いはありますが…

-終わり-
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